「夜廻り猫~今宵もどこかで涙の匂い」単行本発売。ひとり泣くあなたの心に寄り添う一冊。

最終更新日時 : 2017年7月15日
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本を大量発注中

先月、家に引きこもってひたすら書き物ばかりしていたら、全然お金を使わず。給料日前に財布の中にお金が残るという奇跡!(普段どんだけギリギリなのか)

そんなわけで、本を買うことにしました。鷹巣の日活書店さんで大量発注。本をたくさん読めるのはもちろん、都度、レビューにしていきたいと思ってるので二度美味しい!その中からさっそく。手始めに「夜廻り猫」の感想です。

Twitterで話題となった漫画

「夜廻り先生」ならぬ「夜廻り猫」は、深谷かほる先生のTwitterで連載されている8コマ漫画です。

深谷先生のTwitterはもちろん、ピクシブでも無料でバックナンバーが読めます。Twitterの過去ログは追うのが難しいのでピクシブがおすすめ。

この漫画を知った当時、夢中でバックナンバーをすべて読みました。その後Twitterで配信される最新作を楽しみに待つように。そして2016年6月、待望の単行本化が実現しました。

初回出荷限定で、カバー裏が「夜廻り新聞」になっています。

「夜廻り猫」の概要

※ネタバレを含みます。支障のない方だけどうぞ。

基本的にオムニバス形式。8コマで1話が完結します(時々3~4回の続きものも)。描線も書き文字もひたすらシンプル。そのかわり単行本の特権として、毎ページ描きおろしのタイトルと挿絵がつきます。Twitter上ではなかったサービスなので嬉しい。

個人的に、描線の書き込みの細かい絵柄が好みなんです。表紙の油絵も雰囲気がすごく出ていて、漫画というより画家としての力そのものが強い作者なんだと感じました。

 

主人公は猫ですが、主に描かれるのは人間の世界のこと。孤独に悩むひとびとの声に、主人公の遠藤が耳を傾け、寄り添い、ごちそうになり、たまには一緒に飲む。笑

もちろん、猫の世界も描かれています。野良として、そして夜廻りをつづける信念を持って生きる中での、さまざまな出会いなど。

「遠藤平蔵」というキャラクター

主人公は遠藤平蔵(えんどう・へいぞう)。灰色の猫で、はんてんを着用し、頭に乗せた猫缶がトレードマーク。「えんど」「平さん」などと呼ばれています。

遠藤は夜な夜な街を歩いては、「涙の匂い」を嗅ぎ分けます。ひとり泣いている人のこころが、彼を呼ぶ。呼ばれていなくても、気づいたらそばに来ていたりする。

猫なのに人間語を話し(しかも独特の口調で)、猫なのに2つ足歩行。でもそんなことには誰も触れない世界。

なぜ夜廻りをしているのか?どこから来たのか?一体何者なのか?遠藤について、何も語られることはありません。でもその行動や言動の端々には、さまざまな苦難を乗り越えてきたであろう過去が見え隠れするのです。

痛みを知らない者は、人の痛みに寄り添えることもない。

遠藤は、主人公として決して「イケメン」には描かれません。どちらかと言えばつまはじきになる側の風貌で、不器用で、物理的に人間の役に立てるわけでもない。

絵に描いたようなヒーローでは決してないからこそ、遠藤のことばは上からではなく、すぐとなりに寄り添うものとして響くのかもしれません。

不器用で優しい「ニイ」

「首輪もいらない、名前もいらない」生粋の野良猫の彼。ときどき食べ物が手に入ると、遠藤も彼も互いのことを思い浮かべて「あいつと半分こしよう」と思う。ことば以上に通じ合う関係に思わずほっこりしてしまいます。

片目を失ったのは、野良同士での縄張り争いでなのか。彼は誇り高く「野良であること」を選んでいるように思えます。

重郎という存在

ずっと一人きりで夜廻りをしてきた遠藤。ある日、カラスに襲われている、生まれたばかりの子猫を助けます。すでに片目を奪われたあとでした。遠藤は必死に介抱し、子猫の命を繋ぎ止めます。

「どうせいずれは死ぬ、諦めろ」「この子が大きくなるまで育てられるものか」

そう言って相手にしていなかった長老猫・重郎が、子猫に自らの名を与えました。

「お前は親も目もなくしても生き抜いた。そして誰も殺していない。なんと美しいことだろう」

重郎はまだ小さく、片目が潰れているため、常に遠藤のはんてんの胸元に入れられて行動を共にしています。

ここで描かれる重郎の存在は限りなく純粋なものの象徴です。万にひとつの疑いもなく遠藤を信じ、ニイを信じ、生き抜くことにひたすら精一杯。

見た目にも非常に愛らしく、闇に生きる者=遠藤の対比として、明るい光として描かれています。毛色も明るい茶トラ。重郎は野良で生きるもの、遠藤を取り巻く仲間すべてにとっての「希望」という存在なのでしょう。

猫にとっての幸せ

夜廻りをつづける中で、遠藤はあるお宅に出会います。すでに犬を飼っている夫婦で、遠藤を心配し、「うちの子になりなよ」と誘う。

犬用の服も貸してくれます。はじめはサンタクロース。その次には「あったかいの用意したよ」と、はんてんを差し出す。遠藤のトレードマークの、あのはんてんです。

温もりと幸せに包まれたような、遠藤の表情。しかし、遠藤は野良であり続けることを選びます。

 

わたしの話です。我が家には、家の中と外を自由に行き来して共に暮らしている猫と、完全室内飼いの猫の両パターンがいます。

半野良パターンは、もともと野良だったのを拾ったから。室内飼いタイプは、家で生まれた猫たちだから、自然とその形になりました。

時折考えます。「一体どっちが、猫にとって幸せなのだろう?」と。

「狭いところに閉じ込めてかわいそう」と言う人がたまにいますが、猫は生態的に「高さ」が重要であり広さはあまり関係ありません。また狭くて暗い場所が好きな性質があるので、猫ベッドや段ボールなどで工夫し、爪とぎ場やトイレを完備すれば、アパートやマンションで完全室内飼いでも問題のない生き物なのです。

野良から家族になった猫たちは、いまだに庭や畑でネズミやモグラをとり、木に登ってはスズメを捕まえます。野生が残っているのです。ただケガをしたり病気になる危険は増します。

室内飼いの猫たちは、外に連れ出しても怯えて隠れ、どこにも行こうとしません。おもちゃでは激しく遊びますが、獲物をとることはできません。ただし、室内飼いのほうが平均寿命はかなり延びます。

遠藤は、人に飼われたことのない野良出身なのでしょう。あるいは、飼われた経験があったとしても、もう戻りたくはないと思っている。

夜廻りを続ける理由は明確に示されてはいませんが、それは遠藤が「生きる」ことそのもののように思えます。闇の中で、誰かの声を聞く。誰にも届かないような小さな声を聞く。人間にはできないことを、もしかしたら遠藤にはできるのかもしれない。

そしてそばにいてことばをかけ続けるのでしょう。一緒に飲んで語り合うのでしょう。「おまいさんは一人ではない」と、語りかけるように。

救いを見出すのは自分自身

すべての話にハッピーエンドが待つわけではありません。それでも不思議と、ひとびとは前を向き、最後にはわずかな希望のことばを口にするのです。

人はもしかしたら、寄り添い、話をうんうんと聞いてくれる相手がいるだけで、「一人じゃない」と再確認できるのかもしれない。たとえば相手が、人間でなくとも。

遠藤が夜廻りをやめる日はきっとないのでしょうね。

わたしの好きな話。多くを語らずとも、ひとめで伝わる構成が秀逸。

遠藤は言います。「この顔では笑ってるように見えないかもしれないから、口で言うのだ。にっこり」と。

たまには怒られながらも、遠藤は「にっこり」を振りまき続ける。

今宵もどこかで、涙の匂い。

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