キンコン西野が芸人をやめたらしい
ある日Twitterで流れてきた情報。「キングコングの西野が芸人をやめたらしい」
まあ、かるい気持ちで初めてブログを見に行ったんですけど…
驚きました。
西野ってこんなに面白かったのか。
記事はこちら→【お笑い芸人】キングコング西野、引退
この記事、なんと140万人が読んだそうです。大炎上です。
キングコングについて知っていることはさほどありませんでした。知ってたのは西野じゃないほうが子だくさんってことぐらい。(芸風ですらないしその情報のほうがマニアックじゃねえか)
この記事をわたしが一読してまず思ったのは、「西野って頭いいんだな~」ってこと。ちゃんとバラエティー番組の内容的にはノって盛り上げながら、おいしく自分のブログのネタにもし、体裁上は言われたことに応えてのけている。その上、しっかり宣伝もしている。凄すぎる。
あと精神的にタフすぎる。よほど変わった人生を生きて(それに慣れて)きたんだろうな…。
顔がいいだけじゃないんだ。あと絵がうまいだけじゃないんだ。(ブログで知った新情報)
肩書とは
「芸人とは生き方の姿勢である。肩書は関係ない。芸人を選んでなったわけではなく、漫才をしてきたから芸人なだけで…」
と何を言おうが聞かない鬼たち。こわい。
自分のやっていることに迷いがないひとほど、世間からどう言われようと見られようと、肩書が何であろうと、関係ないんだろう。
例えば「歌手になりたい!」って言う人がいたとする。じゃあ、「歌手になれたら夢は叶って、それで終わりなの?」っとわたしはよく思う。
手段が目的にすり変わっていることがすごく多い。つまり、「歌手になること」が目的になってしまっている。
そうではなく、本来の目的は
歌手になる→歌をうたう→そのことで誰かに何かを与えたい・伝えたい
のではないのか?
だとすれば、歌手という肩書のひとがどんな手段で、なにを表現しようと、目的は一緒のはずだ。西野がやっていることも同じだとわたしは思う。
「やっと芸人になれた!ずっと芸人として生きていくぞ!」
という決意だけなら、何の意味もない。
「芸人として芸能界にはいるけど、絵も書くし小説も書きますよ。ていうかそれも芸の一部で俺の一部」
わたしはこれにすごく共感できた。
もちろんここで彼が言いたいのは、「芸人」であるか「絵本作家」であるか決めることなんかじゃない。
一番伝えたいメッセージはむしろ真逆で、「肩書きなんか何だっていいから、やりたいことをやることを認めてくれ!」ということだと思う。
なのに世間からは
「キングコング解散しちゃうんですか?」
「なんで、お笑いやめちゃうんですか?」
とか言われちゃうそうだ。
すげえ…。あのこわい鬼たちと同レベルで話が通じてないよ…。
でもむしろ、世間とズレればズレるほど、「芸人やめます」というインパクトだけが拡散されるほど、西野にとっては美味しい状態になったわけです。
それこそ、「芸人として」。うーん。うますぎる。お見事である。
そもそも多才である
で、このブログの構成力・文章力にも驚いてしまってねえ。本がいろいろ出ている&また出すようなので、普通に読みたいw
絵本も良さそうだなー。書き込みの細かい絵とかマンガとか、眺めるの大好きなんですよね。
彼のブログもそれから普通に読んでます。食事するより作業していたいタイプかー。けっこう男の人にはこういう人よく見ます。まさに結婚よりも職人向きですねw
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